| 註解 |
| *2:文中には「三島は45年の暮れ、自衛隊に体験入隊をしている」とありますが、これは執筆者の記憶違いによるものだと思われます。三島氏の初の単身での体験入隊は昭和42年(1967)4月のことであり、以後の体験入隊は毎年、学生を引率して、春と夏の時期に行われました。また「45年の暮れ」には、自明のことながら三島氏の姿はもうこの世にはなく、ただこれを「42年の暮れ」とすれば、同年12月5日に航空自衛隊百里基地より稲葉二佐操縦のF104超音速戦闘機に民間人として三島氏が例外的に試乗を許されたということと合致し、それを指しての執筆者の記憶違いだとも考えられます。 次いで文中を溯れば、「楯の会は三島が昭和43年(1968)9月につくったもの」ともありますが、その名称が(万葉集・防人の歌より)正式に決定したのは9月であり、同年10月5日、虎ノ門教育会館において『楯の会』は結成されました。 *3:平成12年(2000)の三島由紀夫・没後30周年を前後して、「憂国忌」もまた新たな盛り上がりをみせています。「憂国忌」の現在について、詳しくは『憂国忌・三島由紀夫研究会』のHPをご参照下さい。 |
●三島由紀夫没後30周年の節目を迎えた『憂国忌』● |
| 文責■サン企画 |
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