追悼文集
三島由紀夫の苦悩
吉田満
『若きサムライのために』カバー写真撮影風景時の三島由紀夫
●昭和42年(1967)、自邸2階ベランダにて『若きサムライのために』カバー写真撮影風景時の三島由紀夫氏●
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三島由紀夫の苦悩は何であったか。彼を自決に至らしめた苦悩の本質は、何であったか。この設問を、彼とほぼ同じ世代に生れながら、たまたま太平洋戦争で戦死するくじを引きあてた青年たちの苦悩と対比して考察せよ、というのが編集部からあたえられたテーマである。私はやはり同じ世代に属し、一時友人として三島と親しくつきあっていたこともあるが、一個の人間、しかも多才な意志強固な行動力旺盛な文学者に、割腹死を決意させたものの核心が何であったかを、解明出来ると思うことがいかに不遜であるかは、承知しているつもりである。自分なりの結論にせよ、解明出来たと思う時は、永久に来ないであろう。三島はみずからの死の意味について、多くの読者にそれぞれ異なる解明の糸口を得たと思わせて世を去ったが、糸口をたどってゆくとどの道にも、近づくことを許さぬ深淵が待ち構えている。彼の死はそのような死なのであり、そうであることをはっきり意図して、彼はあの死を選んだとしか思えない。
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