| 檄文 |
| ・朝日新聞東京本社にて自決 平成5年(1993)10月20日 |
| 天の怒りか、地の声か… いわゆる五五年体制といわれた自民党独裁の腐敗政治を、バッサリと切り捨てた日本人のバランス感覚の良さには、内心「大したもんだ」と感心していた。が、である。この細川護照というバカ殿には、開いた口が塞がらない。いわゆる例の大戦を「侵略戦争と位置づけ、深く反省し、お詫びする」発言である。この人物も、しよせんは朝日新開の記者あがりだから仕方がない、と言えばそれまでだが、少なくとも一国の首相である以上は、もう少し見識ある発言が欲しかった。 確かに侵略的側面がなかったとは言い切れない。しかし、もともと日本は、日本の独立自衛を眼目として明治維新を断行したところから出発した事実は否めまい。要するに独立自衛の側面もあったし、または五族協和を目指した側面もあったし、アジア開放という大義もあった。物事は一側面だけを見て全体を断ずることはできないはずだ。加えてアメリカは、第一次世界大戦以前に日本を仮想敵国とし、極秘裡に「オレンジ作戦」という日本壊滅作戦を立てていた。故に重慶政府に豊富な資金を提供し、武器を送り、日本を中国の奥地へ奥地へと引きずり込んでいった。もともと日本の戦力を消耗させることが目的で、彼らは国をあげて日本の疲弊を促進させた。日本はそれにまんまと引っかかった。というのも歴史の一面としての事実である。 故をもつて、東京裁判においても、パール判事は、日本は無罪であると断じている。かかる歴史の混清を見事に飛び越えて、何が侵略戦争でしただ。何が申し訳ないだ。それほど申し訳ないのなら、施政壇上で腹を切ってみせればいいではないか。小田実などもそうだが、日本が悪い、日本が悪いと言い続けている。テメエだって日本人じゃねえのか。それだけ日本が悪いなら、テメエが腹を切ってお詫びすればいいんだ。それもできないで申し訳ないの、日本が悪いのとほざいている輩は、日本語では「口舌の徒」というのだ。 今、私は神風特攻隊の歴史を読み返している。もちろん回天特攻隊もそうだが、あの若くして散った純粋さ、そし祖国愛に、私はただただ打たれ、心底申し訳ないと思いを深くしている。 日本に今日の平和があるのも、また繁栄があるのも、すべてこの人々の尊い犠牲の上にあることを、細川護照よ、心して知れ!それでも若くして散ったこの人々を、『侵略者』ドロボーの手先だったと言うのか。まず、その人々に頭を深く垂れるべきではないのか。その上で、日本の過去の何が是で、何が非であつたのかを検証する。それが順序というものだ。バカにつける薬はないというが、昔の人はうまいことを言ったもんだ。いつまで極楽島のアホウ鳥でいれば気がすむのか。 私は寺山修司の 「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」 という詩と十数年にわたって対時し続けてきた。そして今「ある!!」と腹の底から思うようになっている。私には親も妻も子も、友もいる。山川草木、石ころの一つひとつに至るまで私にとつては、すべて祖規そのものである。寺山は「ない」と言った。私は「ある」と言う。それ故に、細川護照の発言を断じて許せないのである。これは、私一人の思いではないと思う。 ちなみに、神風特攻機は二千八百四十三機飛び立ち、二宮四十四機が敵艦に突入したと記録にある。英霊よ、安らかに眠れ。いつの日か必ず有色人種である日本人が、白色人種と三年半にわたって死闘を展開した、異なる意味が何であったのかは、後世の史家が明らかにしてくれるであろう。 さだめなき世なりと知るも草葬の 一筋の道かはることなし 惜別の銅鑼は濃霧のおくで鳴る 野村秋介
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